願い、想い
願いはいくらでも見つめることが出来るのに、
自分が何を想っているのかを見つめることは、
ほとんどしてこなかったな、っていうお話。
願い。
"ああなりたい”
”あれが欲しい”
頭の中はもう、願いでいっぱい。
四六時中、願いとぴったり寄り添っている。
どうしたら、願いは叶うんだろう?
その方法を考える。
その願いを叶えるために、
何をしたら良いんだろう?
その方法を考える。
それで色々、やってみる。
努力する。頑張る。
うまくいかない。
ガックシ。
やっぱり無理なんだ。
願いは叶わない。
もう、何度も何度もこれを繰り返してきて。
そのたびに思う。
何がいけなかったのだろう?
もっと他に良い方法があるんじゃないか。
それでまた、やってみる。
繰り返し、繰り返し。
ある時、ふと思った。
”なぜ、それを願ったんだろう?”
願いの奥にある、想いに初めて目を向けた。
"ああなりたい”
”あれが欲しい”
そう自分に願わせる、大元の想いってなんなんだろう?
”ああなりたい”のはもしかしたら、
”今の自分は嫌だから”って気持ちがあったのかもしれないね。
”あれが欲しい”のはもしかしたら、
”私、あれ、持ってるよ!”って、誰かに自慢したかったのかもしれないね。
大元の想いは、
後ろで小さな旗をパタパタと振っている。
オーイ、オーイって言って。
”本当はこうなんだ”って言って。
メッセージを送っているんだけれども、
気づけないんだよね。
私は、願いと一心同体。
後ろにだれかいるなんて、
気づきもしなかった。
そう思うようになってから、
何かを願うたびに、その後ろにいる大元の想いを
見つめるようになった。
何が私にそう願わせるのか、
聞いてみることにした。
不思議なもので、
大元の想いを見つめると、
表に立っている願いは消えてしまう。
そこで初めて気づく。
この願いは幻だったんだって。
あんなに欲しい欲しいと思っていたものは、
本当に欲しいものじゃなかったんだって。
願いは、大元の想いから生まれてくる。
そうなのだとしたら、
まずは後ろで旗を振っているその想いに目を向けてみる。
そうすることで、ぴったりと寄り添っていた願いから
少し距離を置くことが出来るようになりました。
願いは全てのものが必ずしも、
私に必要なものではなかったみたい。