LIGHT.

小さな日々の出来事を、面白く。

食べるとびばこ。

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可愛いパンを買ってしまった。

 

専らご飯派なんですが、

見た目の可愛さにやられました。

 

横にスライスして一段ずつ頂くか

縦にスライスして頂くか

 

悩んでいます。。。

 

小さな嘘を、少しずつやめたら。

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プラバンを焼くのにも、少しは慣れてきました。このトライアンドエラーをしている間が、一番楽しいです。

 

ここからは、全然プラバンと関係ない話です。

 

 

先日図書館に行って、たまたま目にとまった加藤諦三さんの本を借りてきました。本当は別の本を借りる目的で行ったんですが、たまたま同じ本棚にあったその本のタイトルが目に止まり、気がついたら手にとっていました。

 

読んでみるとまさに自分が今一番考えていることがそのまま書いてあったので、ちょっとびっくりでした。

 

あるべき自分と、ありのままの自分の間にいる自分の間で、ずっと揺れていました。

とても不安定です。

毎日のように

”あなたは幸せで、感謝しなければいけない”と言われて育ってきました。

自分でもそう思わなくては、とずっと思ってきました。

そのように言う私を見て、私も周りもそれを安心材料にしていたのだと思います。

外側の世界から見れば、私は十分幸せで、感謝しなければいけない状況にいたのだと思います。

だけどそれは、あくまで育ててきた側の視点だと分かった時、なんとも言えない脱力感を感じました。

 

何が幸せで、何に感謝しなければならないのかは、本人が決めること。

本人にしか分からないことですから。

 

私はそうやって20年間あるべき自分を演じ続けて、ついに苦しくなってしまいました。

そして自分に嘘をついていたことに、去年ようやく気づきました。それまで気づいてなかったこと自体驚きです。

だけど、きっかけもなければ相談できる人もいなかった環境では、そんなことを疑う余地もありませんでした。で、気がついたら20年間経っていた。

気づいた時には、すっかり大人です。

だけど気づいた年齢から数えるとまだ赤ちゃんです笑。

ベイビー!

 

本にはなるほど、と思うことが書いてありました。

身体は30歳、だけど心は3歳。

本当は3歳の時に受け取りたかったものが受け取れずに大人になった人は、身体は30歳でも、心は3歳のまま。

本当は愛情が欲しい。

沢山甘えたい。

だけど30歳の大人には、30歳に求められるべきものを要求される。

求めているものと、求められているもののズレに苦しんで、そこから色々な症状や歪んだ行為、性格が生まれてくるのだそう。

 

本当は欲しかったものをうまく受け取ることが出来ずに大人になる人というのは、珍しくないようです。

自分がそういう環境に置かれていたことに気づいてから周りを見渡してみると、結構そういう人はいます。

私の場合、一番身近にいる自分の両親がそうでした。

 

近頃、”小さな嘘をやめてみる運動”を実施しています。

”小さな嘘”とは、本心ではなくて、自分を良く見せようとする嘘です。

そんなに嘘つきまくってたんかーい、と言われそうですが、嘘、つきまくっていました。

20年のキャリアがありますから笑。

もうほぼ、無意識です。

 

好かれるために、よく思われたいために、思ってもいないことをいうこと。

やめるのは本当は、とても怖いです。

だけどやめなければ自分の本心を相手に知ってもらえないし、何より自分自身が苦しい。

小さな嘘の積み重ねで、今の自分が出来上がっているのだとすると、もうやめるしかないのだと思います。

やめて苦しみから解放されるとは思っていませんが、

まずは、せめて、自分にだけは。

正直でいたいと思うのです。

 

始めた記念に。

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突然ですが、モンハンダブルクロスを始めました。

ゲームの話です。

 

始めた記念に、作ってみました。

緑のピンズは、ジンオウガをイメージしました。

 

何だってこう、突然なんでしょうね笑。

何をやるのも。

だけど突然じゃないと、きっとやっていないのだと思います。

 

思い立った時に、始めてみるのが良いようです。

 

その先にある、達成感のために。

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時間を作っては色々実験をしてみています。

 

プラバン、レジンのものづくり。

やってみて分かったことは

とにかく全行程が難しい。

 

プラバンを切るところから試行錯誤、

最後のレジン加工するのも試行錯誤…

最初から最後まで、試行錯誤の連続です。

 

だからこそ、うまくいったときのやったー!

感が、とても気持ちが良いです。

 

もっともっと可愛いものをたくさん作れるよう、

修行に励みます。

 

 

 

 

 

コレジャナイ

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これ作りたいと思う、プラバンを作ってみてるんですが、

完成するとああ、コレジャナイ。

 

コレジャナイってことは、作りたいと頭に浮かべているものがそもそも

コレジャナイ?

 

頭に思い浮かんだものを形にするって難しいですね。

コレジャナイって気づくだけでも、

直しようがあるってことかしら。

 

諦めないぞ!

 

 

 

ちょっとだけよ。

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先週はお花見に行ってきました。

 

今までお花見というお花見は行っていませんでした。

歩いている時にチラッと桜の木を見て

あ、咲いてる、くらいなものでしたが、

今回は桜の名所に行く機会に恵まれ、しっかりと花を見てきました。

 

生きてるものは、隠すもの

というイメージがあります。

剥き出しではないというか。

 

動物は、取ってきた木の実を他の動物に取られないように隠したり。

人は、洋服で身体を隠したり。

心なんかも、隠れていて、見えない。

 

桜も、暖かくなるまで中々花びらを見せてくれなくて、やっと暖かくなってきたぞと思って

チラッと咲いて見せてくれるのですが、

またすぐに散ってしまう。

 

その、”ちょっとだけよ”が、とても好きです。

 

石ころみたいに、ありのまま、大胆不敵にゴローンと床に転がって全てをさらけ出すわけでもなく。

冷蔵庫みたいに、無抵抗にバカバカ開けられて中身をさらけ出すわけでもなく。

少しだけ、見せてくれる。

何だかとってもドキドキします。

 

ちょっとだけだから、見たいと思うのでしょうね。

花も、人の心も。

見えそうで見えないから、知りたい。

見たいと思う。

 

満開の桜を見に行った時、花の中心の部分を

じーっとしばらく見つめてみました。

すると何だか凄く、恥ずかしい気分になってきました笑。

見られてる!って気持ちになる。

見ているのは私だけど笑。

 

今この文を書いててう、気持ち悪いな自分、と思ってしまった笑。

 

桜には、すぐに散ってしまう儚さよりも

少しだけ見せてくれる”ちょっとだけよ”の特別感の方が、魅力的に感じます。

 

 

元々持っているもの。

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初めてレジンとプラバンを使ってブローチを作りました。

音楽をやっている友人にプレゼント。

喜んでもらえました。

 

ものを作ることが好きで、

一度ハマるとどこまでも突き詰めて、

人に喜んでもらえることが好き。

 

算命学で学んだ、自分の性格です。

 

持っているものは、使うことで活かされるというのなら、使って燃焼させるのが良いようです。

 

そりゃあそうだろ!って思うけれど。

持っているものに気づけなかったり、

持っていても、使わなかったり。

使えたはずなのに、使おうとしなかったり。

持っているものが、好きになれなかったり。

 

”活かす”といっても、その手前には色々なベールが掛けられてることが多いようです。

 

頭からエイヤーと突っ込んで、

ベールがベローンとまとめてめくれたら良いでしょうけれども、

まずは一枚一枚、めくっては覗く…を繰り返してみると、その都度新しい発見がありそうです。

 

自分が元々持っているもの。

必ず皆が持っているもの。

自分にもあるんだなぁと思うと、

心強いですね。